Diary...

gunkanjima Diary...

 

ども〜!

sunday dialy 担当のnnookk安田です!

 

先日は3連休頂きまして北九州に弾丸旅行!

長崎→佐賀→福岡と!遊んで飲んで食べて×3でリフレッシュ!

逆に遊び疲れたくらい楽しみました笑

 

旅の中でも1番印象的だったのがタイトルにもある世界文化遺産の「軍艦島」。

本当は端島と言われる島で御存知の方も少なくはないかと思いますが端島は、長崎県にある沖島で明治時代から昭和時代にかけては海底炭鉱によって栄え、一時は東京以上の人口密度を誇っていた1974年に閉山になり島民が島を離れ、それからは無人島に。

 

有り難い事に、この軍艦島(端島)に向かう日は超快晴!

ガイドの方も365日中30日あるかないかの日和だったそう!

 

天候にも恵まれたおかげで軍艦島をとても感じる事ができました。

言葉ではとても言い表せない迫力のある光景と異様な雰囲気です・・・  

 

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20世紀、日本の近代を支えた産業遺産。

上陸してこんなにも果てるかとも感じました、まさが人がココで住んでいたとは到底おもえない程の荒れよう。

この荒れた訳や端島の歴史をガイドさんが説明してくるんですが、説明が本当に上手過ぎて笑

汗が滴りながらも無表情で聞き入ってました。

僕の下手な説明よりもちゃんとした文面があったので細かい説明は頼るとします笑

 

(👇某軍艦島ガイドサイトから参照👇)

小さな海底炭坑の島は、岸壁が島全体を囲い、高層鉄筋コンクリートが立ち並ぶその外観が軍艦「土佐」に似ているところから「軍艦島」と呼ばれるようになりました。

最盛期の昭和35年(1960)年には約5300人もの人が住み、当時の東京都区部の9倍もの人口密度に達し、島内には小中学校や病院など生活は全て島内で賄えるようになり、映画館やパチンコホールなどの娯楽施設もそろっていました。
端島炭坑の石炭はとても良質で、隣接する高島炭坑とともに日本の近代化を支えましたが、主要エネルギーが石炭から石油へと移行したことにより昭和49(1974)年に閉山、島は無人となりました。

平成21(2009)年4月には一般の方の上陸が可能となり、現在では多くの方が軍艦島上陸ツアーに参加して、軍艦島を訪れています。
主力坑だった第2竪坑跡や、端島炭坑の中枢であったレンガ造りの総合事務所、大正5(1916)年に建てられた日本最古の鉄筋コンクリート造の7階建て30号アパートなど・・・

生活と炭鉱が真隣の生活が端島だったそうです・・・

 

いやぁ、感慨深い事を沢山感じました。

軍艦島!是非!

北九州は制覇したので、今度は南九州攻めます!笑

 

 

 

 

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